古代史

石舞台古墳・キトラ古墳

古代の遺跡が眠る村

奈良県明日香村。

この田園風景が続く場所が、古代の日本の中心であったとは信じられないくらいにのどかな光景です。

古代の遺跡だらけのこの地にきたら、やはり三輪そうめんと柿の葉寿司ですね。

キトラ古墳周辺の地図です。

石舞台古墳なども近くにあります。

古墳て被葬者がわからないのが常ですが、石舞台古墳は蘇我馬子の墓ではないかという説が有力です。

 

古墳

石舞台古墳

石舞台古墳。

果たして本当に被災者は蘇我馬子なのでしょうか。

蘇我馬子が没したのは626年。

墳丘が取り払われ石室がむき出しになっている古墳です。

これは蘇我氏が滅亡したときに、バツとして取り払われたと言われています。

中に入ることができます。

右奥に兵士?番人のような方が立っていました。

もちろん生きている人間ではありません。

外は35度の炎天下だったので、石室に入ると涼しくて天国でした。

キトラ

このあとキトラ古墳に向かいました。

今回は特別公開の展示があるということで、申し込みをしてあるので見ることができます。

今回の位置関係はこんな感じです。

クリックで拡大します。

キトラ古墳は7世紀はじめから8世紀はじめに作られたとみられています。

被葬者はわかっていませんが、50代から60代の大柄な男性だそうです。

ここの石室がすごいんですよ。

四方を四神が守り、天井には天体図が描かれています。

この天体図は400年代の長安や洛陽あたりのものだといわれています。

四神の下には十二支がいます。

朱雀のところに大きな穴が開いていますが、これは泥棒があけたあとです。

このへんの古墳はみんな盗掘されているんですね。

ちょうど朱雀をぎりぎりで傷つけることなく、穴があけられていました。

調査のときもこの穴からスコープを入れて中を見て、壁画が発見されました。

キトラ古墳には四神の館という素晴らしい資料館が併設されているので、そこで詳しく見ることができます。

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